西郷山公園の君
平成最後のお花見で、君と出会った。
君と出会った場所は西郷山公園。
中目黒からも代官山からも歩いていけるその公園は、とても陽射しが強くて、わたしも君もずっとしかめっ面だった。
そんなに大きくないこの公園で、散りかけている桜を横目に、わたしはずっとビールばかり飲んでいた。緊張していたんだ、君が、すごく眩しくて。
二次会、三次会と続き、いつもならそこそこに帰宅する私がずっと後の祭りにも参加していたのは、どうにかして君と仲良くなりたかったからなんだけど、君はそんなこと知る由もないよね。
終電1時間ほど前にやっと解散したあと、君は知り合いの店で飲んでくる、と言っていたから、勇気を振り絞ってメッセージを送ったんだ。まだ飲むなら合流していい?と。随分と自らお酒を煽ったのは、ここで勇気を出すためだったんだけど、君の中ではわたしはただの飲みたがりキャラだよね。
その後の記憶は断片的なものしかないんだ。それをすごく後悔しているの。なんて勿体ない。
昼から夜までずっと飲んで、君もわたしも酔っ払って、酔っていたという逃げ道を作ったわたしは、アルコールに勇気をもらって、わざと終電を逃したんだ。
君から「うち来る?」という言葉があったのかさえも覚えていないのだけど、ケタケタ笑いながら君の家まで一緒に帰ったことは覚えてるんだ。
そのあとの記憶はもう朝になってしまっていて、どんなふうに靴を脱いで、いつのまに時計やアクセサリーを外して、どうやって服を脱いだのか脱がされたのかさえ覚えていないの。
ところどころ、君の声や体や体温を覚えているだけ。目が覚めてからダラダラしたあの時間が、君と過ごした短い季節で1番強く匂い立っているよ。
それから何度も君の家に行ったね。
君の家の近くにあるカフェが大好きだったのに、君の街に行くのが怖くて、随分とご無沙汰しているの。夏空を見上げながら、そのカフェで飲む水出しコーヒーは本当に美味しかったんだ。
いつも君の仕事の時間に合わせて起きて、君の家から駅まで歩いて電車に乗って、わたしは乗り換えの、君は職場のある駅まで一緒に行くのが、デートみたいで楽しかったなあ。
春に出会った君と過ごした時間は、ヒマワリが咲く頃には終わってしまっていたけれど、きっと桜を見るたびに、君のことを思い出すと思うんだ。
そういえばなにかの小説に、恋人に花をひとつだけ覚えさせろ、みたいなことを言っている人が居たなあ。そうすれば、1年に1度、必ずあなたのことを思い出す、って。
ドラマみたいな恋なんてない、と思っていたけれど、桜の時期はきっと君を思い出すから、あながち間違ってもないかもなぁ。
桜の君は、誰かを思い出す花ってあるのかな?
わたしにとって、君は桜だ。
ゴールデン街の君
平日でも週末でも、だいたい君がそこに居ることを、何故かわたしは知っている。
君は乗降客数世界1のその駅を降りて、
怪しいネオンの中に吸い込まれていくの。
東洋一の歌舞伎町を抜けて、向かう先は新宿ゴールデン街。
君がいつも居るその店は、街の一角にあるビルの3階。
カウンター席しかない小さな店の中には、エログロな雑誌やサブカル本、UKロックバンドのレコードにライブDVDがたくさん。
そんな店に集まる人たちは曲者だらけ。
そもそもマスターが曲者だもの。いつだって革ジャンはハズせない。酒とタバコと音楽があれば何もいらない、そう言わんばかりの空気を、君はとても気に入っている。
君のタバコはセブンスター。
「NANAを読んだ影響」って言ってたけど、ボンテージは履いたことないんだよね。
ビールばかり飲んで何で太らないのかな。それは今でも不思議に思ってるよ。
君と初めて会ったのも新宿だった。
安い居酒屋の安いビールで出来上がって、2軒目に連れて行ってくれた店がゴールデン街のそのお店。
常連客である君は、きっといつもと変わらない飲み方をしていたんだろう。
わたしはわたしの知らない君の世界に足を踏み入れて、少しだけ気分が高揚していたんだ。
Tシャツとデニムにサンダルで、君と飲み歩いた新宿ゴールデン街は、今も変わらない佇まいなんだろうか。
真冬のコートで重くなる足取りで、きっと扉を開けたら君が居るその店に、わたしは随分とご無沙汰している。
もう随分と、君の声を聞いていないけれど、君は今もその店に居ると思うんだ。
マイノリティーが好きな自分を好きな君は、孤独をとても愛しているけれど、常に孤独で居られる人でもなかった。
だから居場所を見つけたら、きっとそこから動かない。
君の居場所になれるその店を、わたしはとても好きだったし、でもきっと、もう扉を開けることはないと思うんだ。